胎児死産のための棺つくります

21週で死産した悲しみから、優しいママと天使のために棺とお布団を手作りしています。

1か月検診 ①

妊娠21週で胎児奇形のために中期中絶しました。


この悲しみと罪悪感は消えることはなく、心に重くのしかかってきます。


悲しみと向き合い「生きる」ことに前向きになるために綴っています。


1か月検診の日が来ました。


「千惺(ちさと)」を出産して火葬してから、どれだけ苦しかったか。


そして今も、どれだけ苦しいか。


毎日、毎日、「胎児奇形、中絶、死産、脊椎髄膜瘤」についてネットで調べます。


そして中絶する必要はなかったのではないかと、私を責めるのです。


そして涙を流すのです。


何もないのに急に涙が出たり、全く食欲が無かったり。


どうやって生きていけばよいのかわからないのです。


心療内科を受診しようと、いくつか調べました。


でも、何を話したらいいのでしょう。


子どもを殺した苦しみは、誰がわかってくれるのでしょう。


きっと病院へ行ったとしても、薬が処方されるだけではないのかと思うと、行けませんでした。


何よりもつらいのは、子どもたちと何事もなかったかのように普段通りの母としての役割を果たさなくてはならいこと。


何もなかったかのように、笑顔で子どもたちと毎日を過ごすこと。


私が死んでしまったら、残されたこの子たちはどうなるんだろう。


そんなことまで考えました。


苦しい、1か月。


そして今でも苦しみから抜けられないのです。

火葬④

妊娠21週で胎児奇形のために中期中絶しました。


この悲しみと罪悪感は消えることはなく、心に重くのしかかってきます。


悲しみと向き合い「生きる」ことに前向きになるために綴っています。


「千惺(ちさと)」を中絶すると決めてすぐに買った骨壺に、骨を入れていきました。


とっても小さな、青い花柄の骨壺です。


大腿骨、頭蓋骨、腕の部分と少しずつだけ骨は残りました。


大切に、大切に少ない骨を集めて骨壺に入れていきました。


ネットでいろいろと調べて骨が残らない場合もあるとあったので、これくらい残ったらよかったと思えました。


他に残りの骨が無いかきちんと見てもらって、「千惺(ちさと)」の火葬は終わりました。


もう「千惺(ちさと)」の姿はありません。


一昨日生まれた「千惺(ちさと)」の体は、もうどこにもありません。


たった21週の命でした。


たった21週しかお腹にいなかったのに、どうしてこんなにも「千惺(ちさと)」の死が悲しいのだろう。


何の思い出もないのに。


小さな骨壺を骨壺入れに入れて、火葬場を後にしました。

火葬③

妊娠21週で胎児奇形のために中期中絶しました。


この悲しみと罪悪感は消えることはなく、心に重くのしかかってきます。


悲しみと向き合い「生きる」ことに前向きになるために綴っています。


「合掌」


ボタンが押されて、「千惺(ちさと)」はもう、あの姿を私の前に見せることはありません。


火葬場のカギが渡されました。


「火葬が終わりましたらまたここを開けますから、それまでお預かりください。」


小さい棺なので、1時間ほどで火葬は終わると言われました。


それまで火葬場の近くを散歩しながら待つことにしました。


1時間も経たないくらいに、夫の携帯が鳴りました。


「もう終わるって。」


火葬場に戻る時間。


そして「千惺(ちさと)」の骨を拾ってやらなければなりません。


先ほどの銀色のストレッチャーに乗って、私たちの目の前に来ました。


これから「千惺(ちさと)」の骨を拾います。


スプーンのようなものと、ほうきのようなものと、はたきのようなものといろいろな物が用意されていました。


係の女の人が説明してくれます。


「これは、足の骨ですね。一番太いところです。」


しろい、とっても細い骨が残っていました。


それを夫が箸のようなもので拾います。


「これは頭の骨ですね。」


私がスプーンで拾いました。


残らないと思っていた骨は、思っていた以上に残っていました。


私が「よかったね。けっこう骨が残って。」というと、係の女の人も


「そうですね、21週にしてはお骨は残ったほうですよ。」


と言ってもらもらえました。


他の赤ちゃんが、どんなふうに亡くなって、どんなふうに最後を迎えて、火葬されていくのかはわかりません。


でも本当は、他にも亡くなる赤ちゃんがいることを知りたかったのです。


「千惺(ちさと)」だけが死んだのではなく、他にも亡くなっていく赤ちゃんがいることを知りたかった。


誰にも言えない悲しみを、同じような思いをしている人がいると思うことで癒したかった。